田舎では「ノーマスク」で歩くべき5つの理由

今月から本格始動することになった「ククノチ研究所」ですが、ありきたりの内容を書いていては面白くありません。ありきたりではない、独自の仕事をしているのですから、そのような記事を書かなければ、存在価値がないと思うのです。

というわけでは、今日は私が日々疑問に思っている、「田舎の外でマスクをしなくても良い理由」について書いてみましょう。

なぜ、田舎では外でマスクをする必要がないのか?

理由①:田舎では人通りが極端に少ないから

いきなり断言できるのですが、「田舎の屋外でマスクをする必要はない」です。なぜなら、田舎の人は、全然歩かないんです。徒歩10分で行けるような場所でも、平気で車移動をするくらい。私は東京にそこそこ長く住んでいたので、徒歩30分でも平気で歩きますが、田舎の人は驚くほど歩きません。田舎では本当に「車が足がわり」なのです。歩く人がそもそも少ないのだから、すれ違うことも少ない。だから田舎での外マスクは無意味なのです。

理由②:飛沫など飛ばないから

メディアは「ひまつひまつ」とうるさいですが、そもそも一人で歩くときに飛沫が飛ぶことなど、くしゃみをする時くらいではないでしょうか。くしゃみだって、すれ違う人に向かって「ぶえっくしょい!」とはしないでしょう。コロナに関係なく、人前でくしゃみをするときは、人がいない場所に向かってくしゃみをしたり、ハンカチや衣服でつばきが飛ばないように気をつけていたはず。だから、外マスクはしなくて良いのです。

最近では、「飛沫感染だけじゃなく、空気感染もするよ!』と言い始めたようですが、いい加減にしませんか。「呼気を吸っただけで感染するような危険なウイルス」であれば、もうとっくに全員感染していますよ。空気感染するインフルエンザウイルスでさえ、屋外で感染するとはとても思えません。

理由③:喫茶店ではマスクをせずにべちゃくちゃ喋るから

私の住んでいる岐阜県は喫茶店が非常に多いです。田舎のじいちゃんばあちゃんにとって、「喫茶店でべちゃくちゃ喋ることが、ストレス発散の時間」なのです。とても大切な時間だと思います。

田舎の人は世間体を気にしますから、外では多くの人がマスクを着用しています。しかし、喫茶店などの「マスクを外して良い場所」では、マスクを外して大声で長時間喋り続けるのです。あれ? まったくマスクの意味がないですよね。でも、それで良いのです。

店内でマスクを外すくらいなら、感染リスクが皆無の屋外でマスクをする必要はないのです。

理由④:都心で決められたルールだから

マスクに限らないのですが、日本のルールのほとんどは、都心で決められています。「東京という人口密度が高すぎる場所」が基準となっているわけです。新宿駅前であれば、確かに外でも人が密集しますから、マスクをしないと不安になるのは理解できます。私も東京に住んでいたら、新宿駅前などではマスクをしていたかもしれません。

しかし、人とほとんどすれ違わない田舎道に、大都会と同じルールを適用するのは無理があります。「外マスク」をしてほしければ、例えば「1分あたりの歩行者数が100を超える道路のみ適用とする」など、具体的な基準を策定するべきなのです。

田舎道って、1分あたり1人も歩かないような道が腐るほどあるのですよ…。外でのマスクが泣けるくらい意味がない理由、分かりますよね…。

理由⑤:梅雨や夏場のマスク着用は体に悪いから

この冬は、外でマスクをしていました。冬場のマスクは意外と良いもので、口の周りが冷えないので、寒さが和らぐのです。だから、「冬のマスクは悪くないな」と思っていました。

しかし、暑くなったら話は別です。梅雨になれば湿気でベタつくし、夏は汗でベトつきます。ベタついたマスク(とくに不織布マスク)を着用すると、肌が痒くなったり、赤くなったり、荒れてしまいます。マスクをすることで不健康になってしまっては、本末転倒ですね。

雨の日に、傘を差さずマスクをしている人をたまに見かけますが、さすがに心配になります。マスクが雨に濡れれば、呼吸しづらくなり、苦しくて仕方がない。でも、マスクは毎日着用していると、慣れてしまうようで、本人は苦しくもないのでしょうね。(苦しいことにも気づかないなんて、それこそ危ない気がしますが…)

最近は、自転車に乗っている人はマスクをしない人が増えてきて、少し安心しています。ただ、まじめな人ほどルールや世間体を気にしますから、真夏の炎天下でも、マスクをし続けると思います。アスリートの過酷なトレーニングですか? コロナから身を守る目的のはずなのに、自分の健康を犠牲にしてしまっては、やはり本末転倒ですね。

山登りや森の中では、マスクを外そう

さて、ここまでで十分に外マスクが不要であることが伝わっていると思いますが、もう少し続けます。

ときどき、地元の山を歩きます。田舎の人は、感覚的に「自然の中ではマスクをする必要はない」と理解しているのか、マスクをしていない人が多いです。一方で、東京の高尾山あたりでは、多くの人が山の中でもマスクをしている気がします。

山や森の中でマスクをすることは、植物に携わる仕事をしている私にとっては、「自然への侮辱」とすら思います。なぜなら、樹木や草花は、多種多様な揮発性物質(フィトンチッドと呼ばれるもの)を放出しており、森の中は常にきれいな空気が保たれているからです。

「森林浴」という言葉がありますが、森の中を歩くだけで、免疫機能が高まるなどの効果が一ヶ月間後も持続する、という試験結果があるようです。つまり、森の中を歩くだけで、薬のような成分を摂取することになり、細胞が活性化して病気になりにくくなるわけです。薬という漢字が「くさかんむり」であることから分かるように、植物から薬が作られてきたのです。

それくらい、自然の力は偉大なのです。そんな植物の揮発物質を摂取せず、信用せず、人工的に作られた不織布マスクをするなんて、失礼極まりないと思うのです。テレビを見ている暇があったら、ノーマスクで山歩きをしましょう。

マスクを着用できない人もいる

私のように「田舎の屋外でマスクをするなんて意味がない!」という理由でマスクをしない人は少ないかもしれません。

けれども、世の中にはさまざまな人がいます。肌が弱くてマスクをつけると荒れてしまう人、呼吸器系が弱くてマスクをつけると苦しくなる人…。

SDGsとやらでは、「多様性」が叫ばれているのですよね。であれば、マスクを着用していない人に「世間知らず!」「俺は嫌でもマスクをしているのに、楽しやがって!」「ウイルスを撒き散らすな!」などの目で見るのは、時代遅れではないのですか? 「きっと何らかの事情があって、マスクをしていないのだな」と、多様性を認めて、理解を示すべきではないでしょうか?

ときどき、一人でぶつぶつ喋っている人を見かけます。電車に乗れば、奇声をあげる人を見かけます。一瞬、ぎょっとはしますが、彼らを馬鹿にはしないですよね。だから、「『このご時世に、外でマスクをしないなんて、おかしい!』と、思ってしまうこと自体がおかしいかもしれない」と、自分の内側に湧き上がる感情や感覚を一度見直して見ることも大事かもしれません。

おわりに

こんな当たり前のことを書くだけでも、少しだけ「こういうことを書いても良いのだろうか?」と迷う自分がいました。でも、書くべきなのです。冷静に考えて、コロナ禍はおかしいことだらけなのですから。

ぼんやりと「一致団結して、この危機を乗り越えましょう!」と発信し続けたところで、何も解決しません。大切なのは、自分や家族の健康です。健康でいられるために、「外ではマスクをしない」という選択肢があっても良いと思うのです。

この記事は「全国どこでもノーマスクを推奨する」という意図はありません。SNSではそういう人も見かけますが、あくまで「田舎の屋外ではノーマスクでOK」という意図です。誤解のないように。

以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。